2006年11月06日
ナルバンディアンのプロフィール
ど~も庭球少年で~す
今日は去年の上海の覇者ナルバンディアンのプロフィールに挑戦です

デヴィッド・ナルバンディアン(David Nalbandian, 1982年1月1日 )
アルゼンチン・コルドバ出身の男子プロテニス選手。
右利き 両手打ちバックハンド
身長180cm、体重79kg
5歳からテニスを始める。ナルバンディアンの自宅には、アルメニア人の祖父が作ったセメントのテニス・コートがあり、家族ぐるみでテニスに親しみながら育った。
ジュニア時代には1998年の全米オープン男子ジュニア部門で優勝があり、決勝で同年度のウィンブルドン男子ジュニア部門優勝者ロジャー・フェデラーを 6-3, 7-5 で破った。
2000年に18歳でプロ転向。
2002年のウィンブルドンで、大会初出場の第28シードながら初の決勝進出を果たす。そこで第1シードのレイトン・ヒューイットに 1-6, 3-6, 2-6 のストレートで完敗したが、ウィンブルドン初出場選手の決勝進出は1968年のオープン化(プロ選手解禁措置)以後では初の快挙であった。
その後もナルバンディアンは順調に成績を伸ばし、世界トップ10選手の座を維持している。2003年は全米オープンでベスト4に入り、準決勝で地元アメリカのアンディ・ロディックに 7-6, 6-3, 6-7, 1-6, 3-6 で逆転負けした。
2004年には全仏オープンでも準決勝進出を果たすが、同じアルゼンチンのガストン・ガウディオに 3-6, 6-7, 0-6 のストレートで完敗した。
2006年の全豪オープンで、ナルバンディアンはすべての4大大会でベスト4進出の里程標に到達したが、準決勝でキプロスの20歳マルコス・バグダティスに 6-3, 7-5, 3-6, 4-6, 4-6 の逆転で敗れてしまう。同年に全仏オープンでも2年ぶり2度目の準決勝に進出したが、ロジャー・フェデラーとの対戦中に 6-3, 4-6, 2-5 (第3セットの途中)で棄権した。2003年の全米オープンと2006年の全豪オープンでは、2セット・アップ(先に自分が2セットを取った状態)から相手に3セットを奪い返されての逆転負けになっている。あと一歩のところで、4大大会2度目の決勝進出に手が届かない点があるが、彼は順調な成長を続けてきた選手と言えるだろう。
ナルバンディアンはジュニア時代からロジャー・フェデラーに相性が良く、前述した1998年全米オープン男子ジュニア部門決勝の後、プロ選手になってからも初対戦からナルバンディアンが5連勝した。2005年の男子テニス年間最終戦「テニス・マスターズ・カップ」決勝で、ナルバンディアンはフェデラーを 6-7, 6-7, 6-2, 6-1, 7-6 の逆転で破り、アルゼンチンの男子テニス選手として初の同大会優勝を果たした。これは世界ランキング上位8名しか出場資格を得られない大会である。フェデラーは2003年10月から続けてきた、男子テニスツアー大会での決勝戦の連勝記録が「24」で止まった。
終わりです
ナルバンディアンは現代の力のテニスはせずに技のテニスをするというイメージが僕にはあります。
ナルバンディアンは強いですが、世界ランキング3位となると、そこまで強かったっけ
っと思う人もいるでしょうが、とにかくどのサーフェスでも活躍出来るところが今のランキングに表れるのでしょう
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今日は去年の上海の覇者ナルバンディアンのプロフィールに挑戦です

デヴィッド・ナルバンディアン(David Nalbandian, 1982年1月1日 )
アルゼンチン・コルドバ出身の男子プロテニス選手。
右利き 両手打ちバックハンド
身長180cm、体重79kg
5歳からテニスを始める。ナルバンディアンの自宅には、アルメニア人の祖父が作ったセメントのテニス・コートがあり、家族ぐるみでテニスに親しみながら育った。
ジュニア時代には1998年の全米オープン男子ジュニア部門で優勝があり、決勝で同年度のウィンブルドン男子ジュニア部門優勝者ロジャー・フェデラーを 6-3, 7-5 で破った。
2000年に18歳でプロ転向。
2002年のウィンブルドンで、大会初出場の第28シードながら初の決勝進出を果たす。そこで第1シードのレイトン・ヒューイットに 1-6, 3-6, 2-6 のストレートで完敗したが、ウィンブルドン初出場選手の決勝進出は1968年のオープン化(プロ選手解禁措置)以後では初の快挙であった。
その後もナルバンディアンは順調に成績を伸ばし、世界トップ10選手の座を維持している。2003年は全米オープンでベスト4に入り、準決勝で地元アメリカのアンディ・ロディックに 7-6, 6-3, 6-7, 1-6, 3-6 で逆転負けした。
2004年には全仏オープンでも準決勝進出を果たすが、同じアルゼンチンのガストン・ガウディオに 3-6, 6-7, 0-6 のストレートで完敗した。
2006年の全豪オープンで、ナルバンディアンはすべての4大大会でベスト4進出の里程標に到達したが、準決勝でキプロスの20歳マルコス・バグダティスに 6-3, 7-5, 3-6, 4-6, 4-6 の逆転で敗れてしまう。同年に全仏オープンでも2年ぶり2度目の準決勝に進出したが、ロジャー・フェデラーとの対戦中に 6-3, 4-6, 2-5 (第3セットの途中)で棄権した。2003年の全米オープンと2006年の全豪オープンでは、2セット・アップ(先に自分が2セットを取った状態)から相手に3セットを奪い返されての逆転負けになっている。あと一歩のところで、4大大会2度目の決勝進出に手が届かない点があるが、彼は順調な成長を続けてきた選手と言えるだろう。
ナルバンディアンはジュニア時代からロジャー・フェデラーに相性が良く、前述した1998年全米オープン男子ジュニア部門決勝の後、プロ選手になってからも初対戦からナルバンディアンが5連勝した。2005年の男子テニス年間最終戦「テニス・マスターズ・カップ」決勝で、ナルバンディアンはフェデラーを 6-7, 6-7, 6-2, 6-1, 7-6 の逆転で破り、アルゼンチンの男子テニス選手として初の同大会優勝を果たした。これは世界ランキング上位8名しか出場資格を得られない大会である。フェデラーは2003年10月から続けてきた、男子テニスツアー大会での決勝戦の連勝記録が「24」で止まった。
終わりです
ナルバンディアンは現代の力のテニスはせずに技のテニスをするというイメージが僕にはあります。
ナルバンディアンは強いですが、世界ランキング3位となると、そこまで強かったっけ
っと思う人もいるでしょうが、とにかくどのサーフェスでも活躍出来るところが今のランキングに表れるのでしょう
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実は男子選手の中でナルバンディアンが1番好きなんですょ~。
僕はあまり試合を見る機会がないので詳しくは分からないですけど、
以前ナルバンディアンの試合を見たとき惹かれちゃいました。
庭球少年さんは、最終戦ロディックの応援ですよね~。
アンチッチならいっしょに応援できたのに~残念・・・・・。
ナルバンディアンが連覇しないかなぁってひそかに思ってます。
ナルバンディアンファンなんですか。
なんか、ナルバンディアンファンはあまり聞いたことが無いので以外です。
もちろんロディックの応援です。
怪我がどんな物か気になりますが。